Another cup of tea.


Albert Besnard “In the Embers”

 

『彼は、演劇の持つ不潔な強烈さに、われを忘れた。まるで、世界を、新しい眼で、見なおしたような気持がした。そして、この世界のことも、彼は、切に知りたく思った。芝居がはねると、彼は、酒場へ寄って、ヘイウォードと一緒に、明るい興奮の中に座り、サンドウィッチを食い、ビールを飲んだ。まわりには、数人ずつ学生たちが集まって、賑やかに談笑しており、またあちこちには、両親、それに息子娘たちを交えた一家団欒があり、時々、娘が、なにか辛辣なことをいうと、父親は、椅子に反り返って、大きく、朗らかに笑う。楽しい、無邪気な風景だった。空気全体に楽しい親密さが溢れていた。だが、それには、フィリップは、無関心だった。彼の心は、ひたすら、今見てきたばかりの芝居の上を、さまよっていた。
「ねえ、君、これこそ人生だとは、思わないかね?」彼は、興奮していった。「僕は、もうこれ以上長く、こんなところに、グズグズしちゃいられないように思う。ロンドンへ帰って、ほんとうに人生の蒔き直しやってみたい。いろんな経験が、してみたいのだ。人生の準備には、もううんざりした。今こそ、生きてみたいのだ。」』

『人間の絆』(サマセット・モーム)

 

Another cup of tea.


Paul Delvaux “Le Viaduc”

 

『・・・と関わっていると、マジョリティというのは何かしら信念がある集団ではないのだと感じる。マジョリティ側に生まれ落ちたゆえ自分自身と向き合う機会は少なく、ただ自分がマジョリティであるということが唯一のアイデンティティとなる。そう考えると、特に信念がない人ほど “自分が正しいと思う形に他人を正そうとする行為” に行き着くというのは、むしろ自然の摂理なのかもしれない。
オフィスの入ったビルを出ると、強張っていた身体から余計な力が抜けていった。青物横丁にある本社から打ち合わせ場所の工場までは、電車を乗り継いで四十分と少し。その間は一人でいられる。そう思うと佳道の心身は幾らか軽くなる。』

『正欲』 (朝井リョウ)

 

Another cup of tea.


René Magritte “The Lovers”

 

 歩きながらツイッターを開く。タイムラインを眺める。
「新宿のガードレールに座りながら空を見てる」というツイートが流れ、それを受けた徳島のコーヒーショップのオーナーが「今日の夜は流星群が見えるらしいですよ」とリプライを送っていた。埼玉では趣味がセックスの女の子が「流星群? ググります」とつぶやいた。北海道の主婦はそのつぶやきに、「こっちは雨です。今日最悪で。深呼吸」と返す。スマホを開いただけで会ったこともない人たちの生存確認ができる時代。知らない方がいいことも親指一つで知れてしまう時代にボクは生きている。
 ボヤいている人がいる。はしゃいでいる人、怒鳴っている人、甘えている人もいる。みんな広い世界を覗いて、片手に収まる窓を開けて満足しようとしている。ボクはときどき、急にその場所が息苦しくなる。見えない窮屈なルールを感じる。そして、決して自分と分かち合うことのできない並行世界に目を伏せたりする。それでも、みんな「ここにワタシはいる」と瞬いているのが見える。どんなにコミュニケーションが変わってもボクたちは「孤独」が怖いままなんだ。一等星から六等星まで、その光の強さ、大きさはそれぞれ違うけど、もっと速く、もっと深く、本当はみんなひとりぼっちが怖くて、どこかに繋がりたいと叫んでいるように感じた。

 円山町の坂の途中、神泉に近い場所に安さだけが取り柄のラブホテルがある。そこはかつてボクの唯一の安全地帯だった。
 あの部屋の中で、彼女と一緒に過ごしていた時は、世界にふたりぼっちだった。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』 (燃え殻)

 

Another cup of tea.


Odilon Redon “Trauriger Aufstieg”

 

『ですが、終わる仕事なんてこの小さな会社にはありません。
区切りがどうとか、やりかけだと気持ちが悪いとか、集中が途切れるとか、そんなのただの気分なのに。すっきり終わって片付いたら仕事の腕前が上がった気持ちになるんですか。大嫌いな自分自身から褒められるとでも思っているのでしょうか。
終わる仕事なんてありません。
そんなものは、どこかの大企業の窓際にしかありません。
いいんです途中でやめて。途中で呼び出されたって途中で帰ったって、仕事なんだから。安心してください、あなたの美学なんてこの会社とは一ミリも関係ないんだから! 美学なんてものがあったら我が社にいることがおかしいんだから!
』

『御社のチャラ男』 絲山 秋子