Book Review.

7月中旬、某日、関東も梅雨明けとなり、いよいよ本当の夏がやってきました。
みなさま、猛暑にくじけていないでしょうか。

本日はちょっと一息、ブックレビューのコーナーです。
お店や商品に関する情報の無いムダ話枠なので、興味のない場合はスルーしていただき、お時間のある人だけお付き合いください。

 


 

『BUTTER』 柚木麻子

世界的に有名な小説になっているようで、最近よく目に留まっていましたが、僕の積み本山脈に眠っていました。
内容は、実際にあった連続殺人事件をモチーフにしたものですが、サスペンス要素が強いものではなく、ヒューマンな要素が主題の人間ドラマでした。
雑誌記者の女性主人公が、連続殺人犯とされる女性への取材を重ねていくうちに、いろいろな考え方が変わっていきます。価値観が変わるにつれ自分の周囲の人間関係なども変わっていき、トラウマになっている過去との向き合い方も変わっていき、なんだか危うい方へ向かっていって心配になりつつ、でも実は着々と人間的な成長を遂げている、という話です。

30代前半、ある程度の経験を積んでひと通り仕事に慣れ、さらに高みに登るべく、もがきながら自分のスタイルを確立しようと奮闘する年代なのだと思います。それまでは目の前の仕事や娯楽にただひたむきに向き合ってきたところへ、このままでいいのだろうか、自分は何ができるようになったのだろう、何がやりたいのだろう、などと今後の道筋を考えはじめる、という感じでしょうか。

けっこうドロドロした話が多いので、これがイギリスなどで人気というのが意外な感じがしましたが、でもこのドロドロ感は意外と欧米人は描けないのかもしれないなと思い至りました。

 


 

『仮縫』 有吉佐和子

『青い壺』が復刊されベストセラーとなり、話題になっている有吉佐和子作品。『青い壺』を読んでみようと思って探していたら目に入ってきたのがこの『仮縫』。職業柄、こちらの方が興味がそそられました。

詠んでみると、こちらも女性主人公で、仕事を通じての成長譚でした。
日本のファッションシーンが幕開けされたばかりのような時期の、オートクチュールの世界が舞台。洋裁学校に通う若い女性主人公が大御所デザイナーに縫い子としてスカウトされるところから始まり、すぐに頭角を現して健全な野心を抱き、しかし自分とは一まわり二まわり年齢も経験も違う大人に翻弄されて、、というお話でした。
業界の裏側的な面白さもありましたし、爽やかな青春小説としても面白いと思えました。
『仮縫い』というのは、まだ完成されていない状態で、本縫いの前段階のとても大事な段取り。人生においても仮縫いの時期というのがあって、違っているところは何度もやり直しが利くのだ、といったところでしょうか。

そういえば僕の母も若い頃に洋裁学校に通っていたと聞きましたが、そのあたりのおばあちゃん世代は、ミシンが当たり前に扱えたり、手編みや家庭機でニットが編めたり、洋裁に強い人が多いです。その時代は、女性は学歴よりも手に職という考え方が一般的で、洋裁学校はポピュラーな専門学校だったようです。

 


 

『逃亡くそたわけ』 絲山秋子

またまた女性作家。最近になってわたし的ローテーションの一角に入ってきた好きな作家さんです。
完全なロードノベルのスタイルで、精神病院を抜け出した男女二人が九州全土を車でめぐる逃亡の旅。
躁鬱に悩まされる女性主人公と鬱に悩まされる男性との二人旅は、悲壮な雰囲気はほとんど感じられず、くすりと笑えることさえあるのですが、でもだからこそ伝わってくる悲壮があったように感じます。伝えないことで伝わる、みたいな。

全編にわたってロックとブルースが繰り返しBGMとして流れているような感じがあり、疾走感があって読後感も爽やか。
若者ならではの無謀な旅に憧憬の思いさえ湧き上がりました。

 


 

『雨降る森の犬』 馳 星周

20年振りに読む馳星周は、僕の知っている馳星周ではありませんでした。
あのノワールの旗手が、こんなハートウォーミングな人間ドラマを描くとは。

主人公は家庭環境に事情ありの女子中学生。長野で暮らす登山写真家の叔父と一緒に暮らすことになったところから始まり、叔父さんの飼っている大型犬を交えた田舎暮らし、その近所に別荘を持つ、やはり家庭環境に事情のある少し年上の男子高校生との出会いなどを通して、主人公が少しずつ成長していく物語です。
親に対する鬱屈でなんとなく共感して近づいた2人と、それを暖かく見守る叔父さんとバーニーズマウンテンドッグのワルテル。疑似家族のような感じでお互いに寄り添い、信頼し合える関係になっていく様子が心地好いのですが、しかしだからこそ別れは寂しい。
本当の家族でも、疑似家族でも、最後は自立していかなくてはいけませんが、でも帰る場所があるというのはとても大事なことだよなぁと思えました。

 


 

『傲慢と善良』 辻村深月

これも話題のタイトルで、また女性作家。
どんな話かという予備知識ゼロで読み始めたので、最初はサスペンス系かなと思いましたが、かなり人間の嫌な部分を描き出したドロドロ系でした。

婚活で知り合った結婚を目の前に控えた男女が主人公の物語ですが、現代の結婚事情や親子関係、都会と地方の関係など、ある種の典型が容赦なく描かれ、これは身につまされ過ぎて立ち上がれない人さえいるのではないか?と思えたほどでした。
しかし、この話が多くの人に読まれ、多くの共感があるという事実こそ、まさしく、これは自分だけでない、みんなそうなんだ、と励ますことになるように思えました。

『当たり前の悪』みたいな呪いは珍しいわけではなく、どこにでも誰にでもあって、そこから脱出することが、人生の一つの大きなテーマなんだろうな、と思えました。
自分の力で脱出できた時こそ、本当の自分の人生の始まりであり、本当の幸せがつかめるのかもしれないなぁ、などと考えさせられました。

 


 

『我が友、スミス』 石田夏穂

初めて読んだ作家さん、石田夏穂、また女性です。
やはり女性が主人公で、普通のOLがボディビルに傾倒していく物語。まったく分からない世界の話で、しかも女性ということで尚更メンタリティが理解できそうもないと思って読み始めましたが、なんだかすごい理解できました。
主人公は特に上昇志向の強い性格でもなく、ちょっとクセのありそうな内向的な性格ですが、そんなメンタリティでボディメイクに勤しむ姿は、何故かやけにリアリティを感じました。

ジムに通いはじめてそれほど経っていないうちに、ボディビルの大会に出ることが決まってしまい、本格的なトレーニングを開始します。マイナーな性格だからこそでしょう、どんどん深みに突っ込んで行き、本気で取り組むがゆえに、いろいろな新しい発見と経験を続けて、みるみる人間としての自分が輝いていきます。
自分が輝いてくると、周囲の反応が変わってきます。周囲の反応が変わってくると、ある種の快感もありつつ、同時に違和感も感じます。ここで自信がついてポジティブ思考の新しい自分に変身、ということもあるのでしょうが、この主人公はそういう感じにはならず、本来の自分ではなくなってくる恐怖の方が勝った、というふうな感じになり、ここに僕はブンガク的な薫りを感じました。

独特の世界観を持っていて、独特の面白さがあり、いい出会いでした。
ボディビル界隈のことも知ることができて、ちょっとした教養にもなったような。

 


 

『サイラス・マーナ―』 ジョージ・エリオット

ある間隔で必ず差し込む、古典系。例えば聴きやすくて共感しやすいJポップばかりでなく、カルチャーの薫りを感じる古い洋楽も時々聴かないと、という感覚です。
やっぱり触れれば、ひと味違った魅力、面白さがあります。

舞台は19世紀初頭のイギリスのカントリーな地域。主人公は正直者ゆえに絶望を余儀なくされた機織り職人のサイラス・マーナ―。
若い頃に親友と婚約者に裏切られ、信仰にも裏切られ、違う土地からこの地に移り住んだマーナ―は、もう人もキリスト教も信じることができず、自分の仕事だけにプライドを持って孤独な暮らしを続けます。
周囲からは変わりものとして敬遠され、マーナ―の心の拠り所といえば仕事で手にした金貨だけという寂しい生活でしたが、ある日、泥棒に入られ金貨を全て失います。
絶望の最中、また違う事件に巻き込まれ、マーナ―の元に女の幼児が迷い込み、マーナ―は自分で育てる決心をします。
女の子を育てることで、嫌でも近所の人々からの協力が必要になり、コミュニケーションが生まれ、孤独な生活が徐々に明るいものに変わっていきます。
金貨を失ったことで、娘を得られた。娘を育てることで、社会に出ていくことができた。毎晩金貨を眺めることだけが幸せだった毎日と、どちらがよかっただろう。

この話と同時進行で、この地方の郷士の息子ゴッドフリーの話も展開されるのですが、実はマーナ―の手元に渡った娘というのが、このゴッドフリーが隠れて生ませてしまった娘であり、このゴッドフリーの苦悩もマーナ―の苦悩と同時並行で描かれていて興味深い話になっています。

込み入っているようですが、それほど複雑な話ではなく、イギリスの地方に住む人々のくらしをベースにした人間ドラマです。当時のイギリスの文化や風習に触れるのも心地好く、時代に関わらずに面白いものは面白いと感じさせてくれるのも痛快で、やっぱりJポップとは違ったテイストの気持ち好さがありました。

 


 

『悲しみよ こんにちは』 サガン

同じく、最近は着心地が好くて、バランスの取りやすいドメスティックの服ばかり着ているなと感じた時、不意に SAINT JAMES や Barbour を着たくなる感覚シリーズ。
有名な小説ですが、これまで読んでいなかった沢山の中の一つです。

主人公は高校生くらいの年代の女の子、セシル。早くに母を亡くし、開放的な性格の父親と開放的な暮らしをしてきましたが、別荘で過ごすある夏、亡き母の友人アンヌが二人の生活に加わります。アンヌは聡明なしっかり者で、父親と自分とは正反対。ほどなく父とアンヌが接近して結婚することが決まりますが、セシルはアンヌを尊敬して愛しているものの、自由が奪われ、節度を求められることに嫌気がさし、父が変わっていってしまうのも寂しいと感じます。
そこでセシルは、自分の恋人のシリルとアンヌが来る前まで父の愛人であったエルザに協力を頼み、父とアンヌの仲を遠ざける作戦を遂行します。

この作戦によって、父レイモンがエルザにまだ未練が残っていると感じた真面目なアンヌは、直情的に家を飛び出します。本能的に、マズい、と感じたセシルは引き留めようとしますが、アンヌは振り切って車で飛び出して行ってしまいます。

そして、その後、アンヌからの連絡を待っていた2人に届いた知らせは、アンヌが車で走行中、崖から海に転落して死んでしまったというものでした。
事故なのか、自殺なのか、確かめようはありません。

とても、フランス的なものを感じる小説だと思いました。感情や感性の揺らめきが瑞々しく感じられ、シンプルでありながら余韻を残す詩的な物語といいますか。

 


 

いやいや、ずいぶんな文字数となってしまい、失礼しました。
本のレビューを書いたということは、そうです、ムダ話のネタ切れが起こっているということであり、全国各地で警戒が必要です。

夏本番のこの時期、新作の入荷とご紹介は全て済ませていますので、現在は水面下で必要と在庫があれば再入荷を探り、また季節の新作以外の、何かおもしろいアイテムを探す活動をしております。
しかしそうこうしているうちに、次の秋冬シーズンの新作も届きはじめると思いますので、これも店頭に隙間ができてきたタイミングで並べてご紹介していく予定です。
何かと賑やかにしていきたいと考えていますので、ちょくちょくブログやインスタグラムをチェックしてみてください。

ということで、引き続き、体調管理や水の事故などに充分注意していただき、元気に夏をお過ごしください!

 

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